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長崎地方裁判所 昭和44年(タ)17号 判決 1970年6月30日

原告 貞広一

右訴訟代理人弁護士 三宅西男

被告 朴完隆

右訴訟代理人弁護士 中村達

同 柴田国義

主文

原告が被告の子であることを認知する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「主文一、三項と同旨及び原告の親権者を貞信順と定める。」との判決を求め(た。)≪以下事実省略≫

理由

原告が主張する原告法定代理人親権者母貞信順(以下母信順という)と被告がその主張の頃から情交関係を生じ、母信順が原告を姙娠した時、被告は姙娠中絶を強く要望し、母信順がこれを肯んじなかったので、両名の情交関係は昭和四三年六月終頃迄継続して終了したこと、そして原告が出生した事実ならびに母信順は昭和四四年一月頃、長崎家庭裁判所に認知請求調停申立をなしたが、それは不調に終った事実については当事者間に争いがなく、そして原告出生の日は≪証拠省略≫によれば、昭和四三年一一月一八日であることが認められ、又≪証拠省略≫によれば、母信順は同月二九日に自己の実子として長崎市役所戸籍吏に届出た事実を認めることができる。

被告は原告が被告の子でないと争うが、≪証拠省略≫を総合すれば、母信順は訴外張弘錫と昭和三〇年三月頃婚姻し、昭和四一年三月二〇日頃協議離婚をなしたが、戸籍上の届出を怠っていたこと、母信順は張弘錫と右日頃から同棲をやめて別居し、以後夫婦間の性交渉は絶えてなかったこと、母信順は昭和四三年頃離婚申告書を本籍地大韓民国に送付するため、大韓民国居留民団長崎支所に提出したが、書類不備を指摘されて翌四四年三月新たにその不備を追完し、離婚申告をなしたこと、一方母信順は市内○○町でバーの店をやっていたところから昭和四二年一一月頃より飲客としてきた被告を知り、前夫の張弘錫とも面識があり、同国人の親密感もあって仲が急速に接近しその頃より情交関係に入り、月に三、四回位一緒に長崎や大村の旅館に宿泊し、原告の受胎可能期間中も情交関係を続けてきたこと、この情交関係は昭和四三年五、六月頃まで継続したが、この間母信順は被告以外の男と情交関係を結んだことはない事実、昭和四三年五、六月頃母信順が姙娠三ヶ月位の時姙娠したことを被告に打ち明けたところ、被告はショックを感じて中絶するよう強く要望したこと、被告がその頃訴外大田昭子に同人と母信順との間に子供ができて困っている旨話したこと、母信順が被告との調停の申立をなし、これが不調に終った後、被告から母信順に示談で解決してくれるよう何度も要望のあったこと等が認められ(る。)≪証拠判断省略≫また≪証拠省略≫によれば訴外張弘錫は既に昭和三六年頃から精液中に精子を認められぬ無精子症であることが認められ、鑑定人須山弘文の鑑定の結果によれば、訴外張弘錫が原告の父では絶対あり得ないのに対し被告が原告の父である確率は約九〇パーセント(両者の父子関係を否定し得る資料は一つも検出されなかった)であることが認定できる。

以上認定の諸事実を総合して考えれば、原告は母信順が被告と情交の結果、同人の胤を懐姙して分娩したものと認めるのが相当である。

次に被告は原告の出生時、母信順は訴外張弘錫と未だ婚姻中であって原告は右母信順と張弘錫間の嫡出子と推定される。それならばこの嫡出推定を破るには訴外人張弘錫から嫡出否認の訴を俟つ外はなく、その確定もない本件において、原告がいきなり被告に対し認知の訴を起こすことは許されない旨主張するのでこの点を判断するのに大韓民国民法(以下韓民という)八四四条は我国民法(以下日民という)七七二条と同様の規定を置き、妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定され、また韓民八四六条以下嫡出否認の訴の規定が設けられている。かかる法制においては、我国の民法と同じく嫡出推定が及ぶ限り、嫡出性が否定されない限り、夫以外の第三者に対して認知の訴提起を許すべきでないという法解釈が一応肯定される。しかし韓民八四四条、日民七七二条の規定は、夫婦間の具体的生活事実の如何にかかわらず、もっぱら形式的な戸籍面に従って、婚姻中に懐胎した子に嫡出推定を与えることとしたが、夫の行方不明、長期不在その他離婚の届出に先立つ事実上の離婚状態の継続など、長期間にわたって夫婦の同棲が失われ、たんに戸籍の上にだけ婚姻の形骸が残っているような場合にまで妻の懐胎した子を戸籍上の夫の子と推定することはいかにも不合理である。ただかかる子も形式的には韓民八四四条の規定にあてはまる子であるので、一応これを嫡出子として扱うほかはないが、実質的には同条の適用をうけず(講学上の推定されない嫡出子)、従ってその子の嫡出性を争うには韓民八四六条以下(日民七七四条以下に相当)の嫡出否認の方法によることを要せず、一般の親子関係不存在確認訴訟をもって足るものと解するのが相当である。何となれば韓民八四四条、日民七七二条の規定は、夫婦は正常の婚姻生活を営んでいる場合を想定したものであって、このような場合に妻がたまたま夫以外の男子と通じて子を生んだとしても、その子の嫡出性に関して濫りに第三者の介入を許すことになると、徒らに夫婦間の秘事を公にし、家庭の平和をみだす結果になるので、かかる不都合を防がんがために韓民法、日民法がその嫡出性の否認の方法を制限したのが前記韓民八四六条以下、日民七七四条以下の規定が設けられた趣旨だと言ってよく、このように解するときは、すでに夫婦間の正常な婚姻生活がなくなってしまった後は、右の厳格な嫡出否認制度の基盤が失われたのであって、かかる場合にまで韓民八四六条以下の規定を適用する必要がないわけだからである。原告の生母信順と前夫張弘錫は原告出生当時婚姻中ではあったが、両者はすでに昭和四一年三月二〇日頃から事実上離婚して爾来夫婦としての実態は失われ、たんに離婚の届出がおくれていたというにとどまることは前記認定の事実により明らかなところであって、原告はまさに上述した実質的には韓民八四四条の推定を受けない嫡出子に該当し、従って前記張弘錫と原告間の親子関係不存在については利害関係人から何時でもこれが不存在を主張してその確認を求め得るのである。そうだとしたら、この場合、原告はあえて前記張弘錫からの嫡出否認を待つまでもなく、自ら進んで張弘錫との父子関係を否定し、被告が自己の父であると主張して認知を求めることができるものというべきである。

以上の理由から当裁判所は原告の被告に対する認知請求は許されるべきものと考え、被告の主張は理由がないものと考える。

次に、原告は「親権者を母貞信順と定める。」旨の判決も求めているが、韓民九〇九条一項で、旧日本民法八七七条一項と同様の規定が設けられ、認知された子は右規定から当然(他の何等の審判や意思表示を要せず)父の親権に服することになり、その反対解釈上母を親権者と定めることはできないものというべく、日民第八一九条四、五、六項の如き規定を欠く以上、原告のかかる請求は実体法上認められないことになる。

以上の説明により、原告の被告に対する本訴請求のうち認知を求める部分は理由があるのでこれを認容するが、原告の親権者を母貞信順に指定を求める部分は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下進)

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